能楽師|久田勘鷗|HIDASA KANOH

葵上(あおいのうえ)解説

前・後シテ:六条御息所    ツレ:巫女    ワキ:横川の小聖    ワキツレ:臣下    アイ:下人
作者:世阿弥(改作)    出典:紫式部作 「源氏物語」9帖・葵

葵上は登場せず、舞台上に折り畳んだ小袖を置くことで、病に伏せる葵上を表します

あらすじ

(源氏物語では)
源氏の君の正妻である葵上は、左大臣の姫君。気位も高く、なかなか源氏の君と打ち解けた間柄になりません。当時、貴人の間では一夫多妻が当然のこととして認められていて、結婚していても男が女のもとへ通う「通い婚」が普通のこととしてありました。
六条御息所は、先の東宮(皇太子)の正妻。「先の」とあるように、東宮は早くにお亡くなりになり、朝廷の主流から外れてしまい寂しい生活を送られています。ただ、高貴なお方でもあり、気位も高くチョット近寄りがたい存在です。一方、源氏の君は、成立し難い恋、無理な恋、邪魔のある恋、許されぬ恋など気苦労の多い恋に挑む時だけ逆にハッスルしてしまう困った性格。御息所のもとにも夜陰にまぎれ時々訪れていました。ところが、正妻葵上が源氏の君の子を身ごもると、源氏の君は夫婦の機微を知るようになり、左大臣邸に入り浸り、他の女性のもとを訪ねることもめっきり減ってしまいます。
そうこうするうち、今の東宮が帝位につき、世の中が一新します。神に仕える斎宮も御世替わりには替わるしきたりです。新しい賀茂の斎院の禊(みそぎ)の見物の際に、御息所の車が葵上の車の供の者にさんざん痛めつけられ、屈辱を受けます(車争い)。御息所はプライドを傷つけられ、葵上への怨念が内攻してゆくのでした。
葵上が源氏の子を妊ったことも許せない。愛していないと言っていたのに源氏の君は葵上に付きっ切り。御息所の魂は葵上に物の怪となって取りついて苦しめます。
(前場)
左大臣家では、葵上が物の怪に憑かれたらしく、ひどくお苦しみになられます。左大臣や源氏の君も心配になって、照日巫女に梓弓にかけて祈祷をなさりました。やがて破れ車に乗って怨霊がたちあらわれ、自分を六条御息所と述べ、わが身の情けなさに、さかんに恨みを述べ、葵上の枕頭に立ち、打ち、責め苛み、破れ車に乗せて幽界へと連れ去ろうとします。その様子に、左大臣は比叡山横川の小聖という行者を迎えにやります。小聖は他ならぬ左大臣の使いなので、別行の願を破って下って参ります。
(後場)
小聖が曩莫三曼多縳日羅赦(ナマクサマンダバサラダ)と加持祈祷をはじめると、御息所の生霊が鬼女の面立ちで現れます。生霊と行者の対決。怨念と憤怒の異形の六条御息所。さしもの生霊も行者の法に調伏せられ、成仏します。
(その後)
能には記述がありませんが、物語では加持祈祷の最中、葵上は安産にお子(夕霧の君)をお生みになりますが、その後何日かして後、お亡くなりになります。

瀬戸内寂聴訳・源氏物語より一部の表現を引用しています
(文:久田要)