能楽師|久田勘鷗|HIDASA KANOH

浮舟(うきふね)解説

前シテ:里の女    後シテ:浮舟    ワキ:旅の僧    アイ:里人
作者:横尾光久・世阿弥     出典:紫式部作 「源氏物語」51帖・浮舟他

あらすじ

(源氏物語では)
源氏物語は全体が54の帖で構成されています。前半の41帖と、帖に数えない白紙の「雲隠」までが光源氏を主人公にした物語であるのに対し、次の「匂宮」からの13帖は、8年の空白の後、主人公も光源氏の子「薫(本当は柏木衛門督の子)」と帝の子「匂宮(におうのみや)」に替わっています。特に最後の10帖は、「宇治十帖」と呼ばれ、宇治を主舞台にしての物語となっています。本曲「浮舟」もこの宇治十帖を出典としています。
故桐壺帝八の宮(光源氏の兄弟)の娘、といっても故宮にはついに認知されずにきた三の君・浮舟は大層可愛らしくておっとりとしていらっしゃいます。薫の君は一目で気に入り、後見役として姫の面倒を見ようと、宇治にある故八の宮邸を改装した邸にひそかに匿います。浮舟も次第に薫の君を頼りにするのですが、少々のんびり屋の薫は、気長にお付き合いしようなどと思っていました。一方、匂宮はひどく浮気な性格、女性の扱いも抜群に上手な方です。ひょんなことで浮舟の存在を知った匂宮は、薫の振りをして、無理やり浮舟を手に入れてしまいます。(現代と違い、この時代の夜は真っ暗だったのです)
匂宮と薫の二人に愛されるも、罪の意識に苦しみ、先行きを悲観し、浮舟は宇治川に身を投げたのか、姿を消してしまいます。周りの全ての人々が、浮舟は死んだものと思っています………。
比叡山横川(よかわ)の僧都(恵心僧都源信)の母と妹が長谷寺参詣の帰りに宇治に泊まった際、死にはぐれた浮舟とめぐり合い、西坂本の小野の庵に連れて帰ります。浮舟は、それらの縁で、僧都に得度を受け出家し、次第に芯の強い女に変貌していきます。後日、浮舟の生存を知った薫の君が、浮舟の弟を案内にして手紙を手渡し、会おうとするのですが、もう浮舟は誰にも会おうともしません。
(前場)
大和長谷寺から都へ向かう僧が宇治の里についた時、一人の里の女と出会います。女は、ここは昔、浮舟の住んでいたところと話し、僧がもう少し詳しく語るよう頼むと、女は詳しく話をし、そして、比叡山の麓の小野にいるので、訪ねてほしいと頼み消えます。
(後場)
僧は小野に着き、浮舟の霊を慰めるため回向をはじめます。そうすると、浮舟の霊が現れ、宇治川に身を投げようとしたが、物の怪に取り憑かれ、気を失い倒れていたところを、横川の僧都に助けられたことなどを語り、僧の弔いで成仏できたと感謝し、喜び消えていきます。
(おわりに)
本曲では、僧の弔いで成仏し、喜び消えていきます。「源氏物語」では、気に入った女性を独占したいという我欲ばかりの匂宮や、いつも世間体を気にして行動し、その結果にあれこれ悩んでいる薫の君に比べて、出家後の浮舟は、すっかり吹っ切れた様子がむしろ好ましく、悟りに近づいているようにも感じられます。

瀬戸内寂聴訳・源氏物語より一部の表現を引用しています
(文:久田要)