能楽師|久田勘鷗|HIDASA KANOH

鉄輪(かなわ)解説

前シテ:女     後シテ:女の生霊     ワキ(後):安倍晴明     ワキツレ(後):男     アイ:社人
作者:不詳     出典:「平家物語」「源平盛衰記」剣巻 他

あらすじ

(源平盛衰記では)
清和天皇の御世に臣籍降下(皇族から人臣に身分を落とすこと)した、賜姓(しせい)源氏の二代源満仲 は、天下を守るために好い刀を持とうとして、鉄を集め鍛冶を召して、心に叶う刀を作らせました。できた刀が二つ、「鬚切」と「膝丸」です。この二つの刀は名前を変えながらも、源氏の嫡流に代々伝えられていきます。満仲の嫡男源頼光(らいこう)の代には不思議なことが多くありました。一つには、人が掻き消す様に失せてしまうことです。座敷に皆が連なって居るような所でもフッと消えてしまいます。このことを委しく尋ねたところ、嵯峨天皇の御世(809年~)、ある公卿の娘は嫉妬心が深くて、妬ましい女を取り殺そうと、鬼神になるため貴船神社に七日籠もって祈りました。貴船明神は哀れと思ったのか、誠に鬼になりたいのならば、姿を改めて宇治の河瀬に37日漬れとの示現です。女は喜んで都に帰り、髪を五つに分け五つの角をつくり、顔には朱を指し、身には丹を塗り、鉄輪を戴きて三つの足には松を燃やし、松明の両方に火をつけて口に咥え、夜更けに大和大路を南を指して宇治の河瀬に走ります。そして、37日漬かり生きながら鬼になりました。これが宇治の橋姫の物語です。このような妬ましい心持の女は、身分の上下・男女を構わず、思うように人を取り失うようです。この一つ目の話しを題材にして、能「鉄輪」が創られています。不思議なことの二つ目は、「鬚切」に絡む鬼の話し、これは能「羅生門」の題材となります。不思議なことの三つ目は、「膝丸」に絡む土蜘蛛の話し、これは能「土蜘蛛」の題材となります。また、源頼光の話しとしては、能「大江山」もあります。
(前場)
貴船神社の社人が、不思議な夢想の内容を告げようと、丑の刻(午前2時頃)参りの女人を待っています。そこへ夫に捨てられ、後妻の女を恨みに思う女がやって来ます。社人は女に、家に帰って、赤い衣を着、顔に丹を塗って、頭に鉄輪を戴き、三つの足に火を灯し、怒る心を持てば、願い通り鬼神になれますと、お告げを伝えますと、女は恐ろしい形相に変わっていきます。一方、夫はこのところ夢見が悪いので、陰陽師の安倍晴明のもとを訪れます。晴明は男を見て、女の恨みで今夜にも命が危ないと見立てます。晴明は災いを転じようと、等身大の茅の人形を作り、それぞれ名前を内に籠めて祈ります。
(後場)
頭に鉄輪を載せ、鬼となった女の生霊が現れ、夫の人形を相手に恨みを述べ、命を取らんと後妻を激しく打ちすえますが、三十番神(30日日替わりの神)が現れ、魍魎鬼神は穢らわしいと責められます。生霊は不満を残しながらも、勢いがなくなっていき、この度は帰るべしと消えていきます。
(おわりに)
丑(うし)の刻(午前2時)詣りはテレビ、映画でも暫ゝ取り上げられ、ご存知の方も多いと思います。鉄輪とは火鉢に使う五徳のことですが、今は五徳を知らない方のほうが多いと思います。

水原一 校注「新定源平盛衰記」新人物往来社刊 を参考にしています
(文:久田要)