能楽師|久田勘鷗|HIDASA KANOH

玄象(げんじょう)解説

前シテ:尉     後シテ:村上天皇     前ツレ:姥     後ツレ:龍神     ツレ:藤原師長     ワキ:従者     アイ:下人
作者:不詳     出典:「平家物語」竹生島詣・経正都落・青山之沙汰  今昔物語巻二十四の24

あらすじ

(平家物語では)
寿永2年(1183年)木曽義仲の挙兵に対し、平家方は平維盛・通盛を総大将とする、10万騎の大軍を北陸道へ差し向けます。その途次、副大将・平経正は、竹生島に詣でた際に琵琶をひき、上玄(しょうげん)、石上(せきしょう)の秘曲を奏でられた話が伝えられています。経正は琵琶の名人です。
少し後、平経正は都落ちの際、幼少の頃に仕えていた仁和寺の御室の御所を訪ね、第6代守覚法親王に会い、以前から預かっていた琵琶の名器「青山」をお返しします。この青山とは、その昔貞敏(ていびん)なる者が唐に渡ったとき、大唐の琵琶の博士廉承武(れんしょうぶ)から三曲の伝授を受けて帰国しました。その際、玄象(げんじょう)、師子丸(ししまる)、青山(せいざん)の三面の琵琶をもち海を渡ったのですが、波風が荒く立ったので、竜神に供えるため、師子丸を海底に沈め、二面を持ち帰りました。ある晩、村上天皇が玄象をひいていると、廉承武の霊が現れ、昔貞敏に秘曲を伝えた際、一曲伝え残したため魔道に沈んでいるといい、その曲を天皇に伝え成仏したいと、青山をとり秘曲を伝え授けました。
また、今昔物語には、村上天皇の御世、玄象が行方不明になり、源博雅が羅城門の二階に住む鬼から取り返す話しがあります。玄像は機嫌の良し悪しが極端で、下手な扱いには全く鳴らないそうです。
(前場)
琵琶の名手、太政大臣師長(もろなが)は琵琶を極めるため唐へ渡ろうと志し、須磨の浦までやって来ます。淡路島や住吉など周囲を眺め楽しんだ後、塩屋に入り待っていますと、主の老夫婦が帰ってきましたので一夜の宿を頼みます。昔、光源氏が須磨に遷されたとき、琴をひいて辛さを紛らしたことなどを思い浮かべながら、琵琶を弾いて遊んでいますと、村雨が降り始めました。主は板屋根の上に苫を乗せ雨音を整えます。「どうしてそんなことをするのだ」という問いに、今の琵琶の音は黄鐘(をおしき…十二律の一)、板屋を敲く雨の音は盤渉(ばんしき…同)なので、苫をのせ、一調子にしました、と答えます。この老人は只者ではないと、一曲所望しますと、尉は琵琶を、姥は琴を弾きます。その余りの名演に、師長は自分の未熟を悟り、渡唐を諦めようと塩屋を出ていきます。老夫婦はこれを引き止めて、自分達は村上天皇と梨壷の女御であり、貴方の入唐を留めるために、こんなことをしたんですと告げ、姿を消します。
(後場)
村上天皇が現れ、玄象、獅子丸、青山の三面の琵琶の由来を述べ、龍神に海に沈んでいる獅子丸をもってこさせ、師長に賜り弾かせになります。天皇も秘曲を弾き、舞い楽しみながら飛行の車に乗って天上へ帰っていき、師長は飛馬に乗って都へ帰っていきます。
(おわりに)
能「経正」と同じく平家物語の「青山之沙汰」を出典とする曲目です。「経正」はその名の通り、経正を主人公とした、戦記を絡めた修羅物ですが、この「玄象」は琵琶が主人公ともいえる作品です  

杉本圭三郎全訳注・平家物語(覚一本)及び 新編日本古典文学全集・今昔物語を参考にしています
(文:久田要)