能楽師|久田勘鷗|HIDASA KANOH

鵺(ぬえ)

前シテ:舟人     後シテ:鵺     ワキ:旅の僧     アイ:里人
作者:世阿弥     出典:「平家物語」鵼(ぬえ)

あらすじ

(平家物語では)
治承4年(1180年)76歳の老武将・源三位頼政は、後白河天皇の皇子・以仁王(高倉宮)を説得し、平家打倒の令旨を得、挙兵をしますが、清盛に押さえ込まれ失敗に終わり、自害して果てます。この頼政は、保元・平治の両乱では平家方で戦ったのですが、さほどの恩賞もなく、大内裏の昇殿も許されていません。ただ、歌詠みとしての才が高く、述懐の歌を評価されることで、念願の殿上人である三位に叙されました。その後出家して、源三位入道と称しています。この頼政の、生涯の功名に本曲「鵺退治」があります。
近衛天皇の御世・仁平(1151~1153年)のころ、帝が夜毎、丑の刻(午前2時頃)になると、なにものかにうなされます。東三条の森から黒雲が現れ、それと供に苦しまれるのでした。
昔同様のことがあった経験から、弓をもって正体を射落とすことに方針が決まり、弓の名人頼政が選ばれました。山鳥の尾ではいだとがり矢・滋籐の弓を準備し、万一射損じたらこの世に生きてはいられないとの覚悟で、黒雲の正体を射落とします。見れば「頭は猿、むくろは狸、尾は蛇(くちなは)、手足は虎、なく声は鵺(トラツグミ)」。頼政は、褒美に獅子王という御剣をくだされました。一方、鵺はうつほ舟(丸太をくりぬいた舟)にいれられ淀川に流されました。
(前場)
諸国一見の僧が三熊野に参った後、都へ上る途中蘆屋(芦屋)の里に着き、里の男に一夜の宿を求めますが断られます。里の男は替わりに川近くのお堂に泊まるようにいい、夜な夜な化け物が出るけどと付け加えます。夜も更けてきた頃、お堂で休む僧の前にうつほ船に乗った不思議の者が現れます。私はただの塩焼き海士ですと言っていたのですが、どう見ても人間とは見えません。名を問うと、近衛院の御世に頼政の矢で射られた鵺の亡霊だと明かし、当時の有様を語り、弔いを願って夜の波間に消えていきます。
(後場)
僧が海辺で御経をあげていると、再び鵺が現れ供養に感謝しつつも、頼政は自分を討って名を揚げたが、自分はうつほ舟に押し入れられて淀川に流され、蘆屋のよどみに留まって闇夜の世界に入ってしまった。と救いを求めつつ消えて行きました。
(おわりに)
能曲「頼政」では、戦に敗れ自害し果て、弔われることもなかった源三位頼政です。本曲「鵺」では、逆に頼政に射落とされ、弔われることもなく、舟で流された怪物「鵺」を主人公としています。どちらも亡霊となって、僧の前に現れ弔いを求めています。

記述にあたっては、杉本圭三郎全訳注・平家物語(覚一本)を参考にしています
(文:久田要)