シテ:一角仙人 ツレ(前):旋陀夫人 ツレ(後)・子方にも:龍人(2人) ワキ(前):官人 ワキツレ(前):興昇(2人)
作者:金春禅鳳 出典:「今昔物語集」巻五 太平記・巻36一角仙人
あらすじ
(今昔物語集では)
今は昔、天竺(インド)に、額に一本の角のある一角仙人が住んでいました。深い山に永く住んで、雲に乗って空を飛び、山をも動かして禽獣を従えていました。ある時、大雨が降って道がぬかるんでいるときに、何を思ったか徒歩で山を行き、すべって転んでしまいます。この仙人は腹を立て、雨を降らすのは竜王の為すことと責任転嫁して、諸々の竜王を捕らえて、水瓶一つに詰め込んでしまいました。狭いところに大きなものを入れて、竜王は動くこともできず成すすべがありません。このことで、十二年間雨が降らず、五天竺(インド全体)皆嘆いています。或る占い師が、深山に住む仙人が竜王を閉じ込めているためと占います。すると、一人の大臣が「いくら聖人仙人といえど、女の色香にはかなわないだろう」と、国中から、美人で声のきれいな女性を500人召し集め、着飾り、香を焚き染め、10人・20人が組みになって誘いかけると、仙人が水瓶をもってヨロヨロと現れます。女たちが聖人に歌を聞かせようと思って参上したのですよと、歌を詠うと、仙人は未だ見たこともない女たちに、気も動転して、女性を引き寄せようとします。女は怖ろしく疎ましいのですが、我慢して聖人の言うとおりにします。すると、竜王は仙人の破戒(いましめを破ること)に喜び、自由になり空に昇って大雨を降らせました。一角仙人は、すっかり女に心を奪われてしまい、女を背に負って、皆に笑われながらも、王城に送っていきます。
(能のあらすじ)
天竺波羅奈国に、鹿から生まれたため、額に一本の角のある一角仙人と云う者がいました。龍神と威を争って、龍神を悉く岩屋に閉じ込めてしまいました。このため数ヶ月雨が降りません。帝は思いを廻らし、旋陀夫人(せんだぶにん……夫人とは皇后の次に位する後宮の女性)という並びなき美人と官人をつかわすことにします。山道に迷った態で仙人のいる山に分け入りますと、怪しい岩の陰に庵を見つけます。
二人が一夜の宿を乞いますと、人と交わる者ではないと一旦断りますが、姿を現し、女性の美しさに迷い、持参の酒を飲み、舞を舞ううちに、酔って寝てしまいます。それを見届けて夫人たちは喜び、都に帰っていきます。やがて、龍神を閉じ込めた岩屋が鳴動し、龍神が踊り出てきます。目を覚ました仙人は剣を抜いて戦いますが、(戒めを破り)神通力を無くした仙人は、力尽きて倒れ臥してしまいます。一方、龍王たちは喜び、大雨を降らして洪水を起し、洪水に飛び移って竜宮に戻っていきます。
(おわりに)
一角仙人の物語は、「今昔物語」と「太平記」に載っています。内容は多少違いますが、今回は成立が古いと思われる今昔物語に拠りました。内容的には、龍神が岩屋に閉じ込められること、女性が后の扇陀女となっていることなど、能曲は「太平記」の記述に近いものとなっています。
小峯和明校注「新日本古典文学大系・今昔物語集」岩波書店刊 及び
長谷川端校注・訳「新編日本古典文学全集・太平記」小学館刊を参考にしています
(文:久田要)