能楽師|久田勘鷗|HIDASA KANOH

采女(うねめ)解説

前シテ:里女      後シテ:采女      ワキ:旅僧      ワキツレ:従僧      アイ:里人
作者:世阿弥(一説)      出典:「大和物語」第150段  古今集とその古注

あらすじ

(大和物語では)
本曲は、帝の寵を失って自殺した「采女伝説」が主題です。昔、ならの帝に仕えていた采女(地方から献上され、皇族の身の回りの雑用をした女官)がいました。容姿がすばらしくきれいで、多くの男、殿上人からも求婚されていました。しかし采女は、帝をこの上なく思い慕っていましたので、結婚しませんでした。あるとき帝がお召し(ご寵愛)になったのですが、その後はお召しがありません。采女は昼夜、帝のことばかり心にかかり、恋しく思っていたのですが、帝は思い出すこともありません。采女はこれ以上生きていけないと、夜中に猿沢の池に身を投げてしまいます。そのことも帝はご存知無かったのですが、何かの折に人が奏上したのでお耳に入りました。かわいそうに思い、池のほとりで人々に歌を詠ませます。
柿本人麻呂の歌「わぎもこ(我妹子)が 寝くたれ髪を 猿沢の 池の玉藻と 見るぞかなしき」
           (いとしい乙女の寝みだれ髪を、猿沢の池の藻と思って見るのは悲しいことです)
帝「猿沢の 池もつらしな わぎもこが 玉もかづかば 水ぞひなまし」
  (猿沢の池も恨めしいことよ、あの乙女が玉藻の下に沈んだら水が干上がってしまえばよかったのに)
(前場)
旅の僧が、都見物をすませ、奈良の春日の里に着き、春日明神に参詣します。夜ふけて里の女が森に木を植えています。不思議に思い僧が問うと、女は春日の神の由来や木を植えることの意味を説明します。次いで、僧を猿沢の池に案内します。そして、天(あめ)の帝の時代に、帝の寵愛を受けていた采女が、帝の心変わりを怨み、この池に身を投げ亡くなったと話し、変わり果てた姿を見て哀れに思った帝が詠んだ歌「吾妹子(わぎもこ)が 寝ぐたれ髪を 猿沢の 池の玉藻と 見るぞ悲しき」を、かたじけないことであったと話します。そして、自分は采女の霊であると明かし、池水に消えていきます。
僧は来合わせた里人から、身投げした采女のことや春日明神の謂れを聞き、里人も女の霊を弔うよう勧めます。その夜、僧は池の汀(みぎわ)で采女を弔っています。
(後場)
采女の霊が昔の姿で現れ、弔いを受けたことを喜び、成仏して極楽に生まれ変わったことを話します。そして、采女というものが、宮廷の酒宴などで色を添え、人々の心を和ませた当時を思い出し、舞を舞います。そして御世を祝福しつつ、池に消えていきます。
(おわりに)
物語の「ならの帝」については、文武天皇、聖武天皇、平城天皇の諸説があるようです。柿本人麻呂が登場するところからは、文武・聖武天皇のようにも思われますが、前後の話の関連からすると平城天皇とするのが妥当のようです。平城天皇(平安時代の天皇)と、万葉第一の歌人・人麻呂が、時代を超越して組み合わされたようです。能では柿本人麻呂は登場しません。

雨海博洋・岡山美樹全訳注「大和物語(上)(下)」講談社学術文庫刊を参考にしています
(文:久田要)