能楽師|久田勘鷗|HIDASA KANOH

昭君(しょうくん)解説

前シテ:尉(白桃)      後シテ:呼韓邪単于(こかんやぜんう)      ツレ:姥(王母)      子方(ツレにも):昭君      ワキ:里人
アイ:所の者
作者:金春権守      出典:「今昔物語集」巻十   唐物語 第25   和漢朗詠集 697~703

あらすじ

(今昔物語集では)
今は昔、震旦(中国)漢の前帝の御世のことです。後宮には美女4~500人が住んでいました。後には更に増え、皇帝も見たことのない人もいます。そんな折、胡国(ここく)の者共が都に来たことがありました。皇帝・大臣・百官は扱いに困り相談をします。一人の賢き大臣が言うには、胡国の者共が来たのは国の為に良くないので、後宮に徒(いたずら)に多くいる女の内、形の劣った一人を与えて帰してしまおう、と提案します。帝もそれが良いと賛同するのですが、余りに女の数が多いので、多くの絵師に絵を描かせて、それで決めることにしました。女たちは夷(えびす)の国に行くことを嫌がり、絵師に金銀を与え善く描いてもらいます。ところが、王昭君という女人は、自分の美形なのをたのんで、財を与えませんでしたので、絵師は賤しげに描いて帝に持っていったので、王昭君に決まってしまいます。帝は一度会ってみようと、王昭君を召して見ると、光を放つ如くの美形です。帝は惜しくなって日延べをしますが、夷の求めで渋々胡国の者に与えます。胡国の者は王昭君を給わって喜び、后として寵愛しましたが、王昭君の心は慰められることは無かったでしょう。美貌への驕(おごり)りが事態を招いたと、時の人は謗(あざけ)ったそうです。
(前場)
中国の漢王は、強国の胡国との和平のため、3000人の寵姫から昭君を選んで、胡王の呼韓邪単于に贈りました。昭君の年老いた両親は、遠くへ行ってしまった娘を心配し嘆いています。一人の里人が近所の誼(よしみ)に見舞いに訪れますと、夫婦は柳の木陰を掃き清めています。そして、この柳は昭君が胡国へ遷されるに際して、自分がかの地で死ねば、この柳も枯れるでしょう、と言って植えたもので、早や片枝が枯れてきたといって嘆きます。里人の質問に、娘が胡国に遷された訳を話します。そして、昔、桃葉という男が、亡くなった仙女に会うため鏡に桃の花を映した故事に倣い、鏡に柳を映してみてはと思い泣き伏します。
(後場)
昭君の幽魂が現れ、悲しむ両親のために、鏡に影を映そうとします。その時、胡国王の呼韓邪単于の霊が恐ろしい姿で鏡に映り、母親はびっくりしますが、呼韓邪単于は鏡に映った自分の姿を恥じて消え失せ、その後、昭君が鏡に映り、物思いに耽る両親を慰めます。
(おわりに)
今昔物語集は平安時代末期に成立した説話集です。全体が、天竺、震旦、本朝仏法、本朝世俗の四部で構成されています。本曲の素材は震旦部に載っています。金春系の古い能なのですが、世阿弥の夢幻能の形式に改変されて、矛盾も多いそうです。「能楽手帳」の著者は、古態に復活させてほしいと訴えています。

小峯和明校注「新日本古典文学大系・今昔物語集」岩波書店刊を参考にしています
(文:久田要)