前シテ:善界坊 後シテ:天狗(善界坊) ツレ(前):太郎坊 ワキ(後):比叡山飯室の僧正 ワキツレ(後):従僧(2人)
アイ:能力
作者:竹田法印定盛(一説) 出典:「今昔物語集」巻二十 震旦天狗智羅永寿渡此朝
あらすじ
(今昔物語集では)
今は昔、震旦(中国)に智羅永寿(ちらようじゅ)という強い天狗がいました。これが日本の国に渡ってきました。日本の天狗に尋ね会い、日本の修験僧と力比べをしようと相談します。日本の天狗は結構なことだと思い、近頃ひどい目に遭わせたい高僧がいると、比叡山に連れて行きます。自分は顔を知られていると、谷の藪に隠れ、震旦の天狗を老法師に化けさせ、通りかかる僧を襲わせます。しばらくして、山から余慶律師(よきょうりっし)という人が手輿(たごし)に乗って下ってきます。老法師が襲うかと見ると、姿が無く、南の谷に隠れています。聞くと、手輿の上に炎が燃え上がって怖くて襲えなかったと言い、次の相手を待ちます。飯室の深禅僧正(じんぜんそうじょう)一行が下ってきますが、老法師は制多迦童子(せいたかどうじ)の杖に追い払われ、僧正に近づくどころではありません。次に下から登ってくる比叡山横川の座主一行を迎えますが、2~30人の小童子達につかまり、散々にやられてしまいます。震旦の天狗は、生き仏のような方達に立ち向かわせた、と愚痴を言いますので、日本の天狗は、これを湯治させて、腰を治して震旦に送り帰したということです。
(前場)
唐の天狗の首領・善界坊は、国中の慢心の僧を天狗道に誘い入れたので、次は日本と、渡ってきます。まず愛宕山に太郎坊を訪ね、相談して比叡山を狙うこととします。それにつけても不動明王の威力が恐ろしいと思うものの、やがて意を決して、太郎坊の案内で比叡山に向かいます。
(後場)
勅命を受けて、飯室の僧正が比叡山を下り宮中をめざします。すると次第に嵐となり、山河草木が震動し、雷鳴がとどろきます。そして、天狗姿の善界坊が現れ、僧を魔道に誘い込もうとします。僧は魔仏一如(まぶついちにょ)、凡聖不二(ぼんせいふに)、自性清浄(じしょうしょうじょう)・天然動き無き、これを不動と名づけたり、と不動明王に祈ります。すると、不動明王が矜迦羅(こんがら)・制多迦(せいたか)童子・十二天を従えて現れます。更に、山王権現をはじめ、降魔の諸天が現れ、山風神風を吹払いましたので、天狗は飛行の翼も地に落ち、力を失って、もう二度と来ないという声だけが虚空に残り、姿は消え去ります。
(おわりに)
今昔物語集は平安時代末期に成立した説話集です。全体が、天竺、震旦、本朝仏法、本朝世俗の四部で構成されています。本曲の素材は本朝仏法部に載っています。他にも天狗の話があり、全部で十二話あります。ほとんどが仏法の威力や、権威を高める役割で、謂わばピエロといえます。
馬淵和夫・国東文麿・稲垣泰一校注・訳「新編日本古典文学全集・今昔物語集」小学館刊を参考にしています
(文:久田要)