前シテ:里女 後シテ:莵名日少女の霊 ツレ:里女(2人) ワキ:旅僧 ワキツレ:従僧(2~3人) アイ:所の者
作者:観阿弥 出典:「大和物語」第147段 万葉集巻9
あらすじ
(大和物語では)
本曲は古歌にまつわる「生田川伝説」の話です。内容は、妻争いの伝説と、それを絵にしたものを見て、宮廷の女房たちが歌を詠む場面と、後日談という3部構成になっています。
むかし、津の国に住む女のもとに、莵原(むばら・芦屋市付近)の男と和泉国ちぬ(血沼)の男の二人が言い寄っていました。この二人、年齢も容貌も人柄も、ほとんど変わりありませんでした。女は愛情の勝った男を選ぼうと思うのですが、愛情の程度も同じようであり、家にやってくるのも同じように来合わせます。女は思い悩んでしまいます。女の親は、二人を生田川のほとりの家に呼んで、今日は決着をつけようと、川に浮いている水鳥を射て、当てた者と結婚させようとします。男達が水鳥を射ると、一人は頭を射当てて、もう一人は尾を射当てました。女は困りきって「すみわびぬ わが身投げてん 津の国の 生田の川は 名のみなりけり」と詠んで、川に身を投げてしまいました。親が慌て騒いでいると、二人の男も同じく身を投げて、一人は女の足を、もう一人は女の手を捕らえたまま死んでしまいました。そのような訳で、女の墓を中にして、左右に男共の墓があるということです。(後日談)莵原の男は、親が墓に狩衣、袴、烏帽子、帯などと共に、弓、矢、太刀などを入れましたが、血沼の男の親は、そういったことはしませんでした。ある旅人が、この塚のもとに宿ったとき、夢に人の争う声がして、血にまみれた男に太刀を貸してくれと云われ、貸します。しばらく経って先程の男が現れ、たいそう喜んで、長年攻められて困っていたのだが、ようやくやっつけることができましたと、礼を述べ太刀を返したということです。
(前場)
旅の僧が津の国生田の里に着きますと、春とはいえまだ寒いなか、沢山の里女が若菜を摘んでいます。僧は生田の森を問い、続いて求塚を聞きますと、知らないと返事をし、女たちは帰っていきます。そこに一人の女が残り、僧を求塚に案内し、昔話を語ります。昔、ここに莵名日少女(うないおとめ)という女が住んでいたとき、小竹田男子(ささだおのこ)、血沼の丈夫(ちぬのますらお)という二人の男に、同時に求愛され、選択に迷った末、生田川の鴛鴦(おしどり)を射た方と結婚しようと決めますが、二人の矢先は同時に当たり、決着がつかないので、自分は入水して果てます。そして、この塚に埋葬されますが、二人の男も、この塚の前で刺し違へて死んだことをかたり、二人を死なせたのは自分の罪だといい、救ってほしいと云い、塚の内に入っていきました。一夜、僧が弔っていますと………
(後場)
莵名日少女の霊が現れ、二人の男の亡魂や鉄鳥と化した鴛鴦からも責めを受け、八大地獄の責めにあっている姿を僧に見せ、何とか助けてくれと願います。やがて鬼も去り、火焔も消えて暗闇となったので、また求塚に消えていきました。
雨海博洋・岡山美樹全訳注「大和物語(上)(下)」講談社学術文庫刊を参考にしています
(文:久田要)