能楽師|久田勘鷗|HIDASA KANOH

安達原(あだちがはら)解説

シテ:里女     後シテ:鬼女     ワキ:山伏祐慶     ワキツレ:供山伏     アイ:能力
作者:金春禅竹(一説)     出典:拾遺集巻九559鬼女伝説  大和物語58段黒塚

あらすじ

(拾遺集等では)
「みちのくの安達の原の黒塚に鬼こもれると聞くはまことか」平兼盛(拾遺和歌集)
平兼盛が、黒塚に住む源重之の姉妹たちに送った恋歌です。姉妹たちを鬼に例えたのは、辺境の陸奥に住む娘たちを深窓の令嬢と推測し、隠れて姿を現さない「鬼」を掛けた洒落の一首ということです。
「大和物語」には、兼盛は、その娘と結婚したいといったところ、親が、まだひどく若いのでそのうちに……など言っているうちに、振られてしまう話もあります。ここには既に“鬼”がでてきますが、実は、鬼女伝説が先か、歌が先かは定かではありません。鬼女伝説では、京の都のある高貴な家に姫がうまれ、岩手という女が乳母として屋敷に上がります。ある日、姫が重い病に臥せってしまいます。易者が言うには、妊婦の生き肝を飲ませなければ治らないというものでした。岩手は、姫の病を治したい一心から、諸国をさまよい、安達が原に住み付きます。何年か後、生駒之助・恋衣という若夫婦が宿を求めて岩手宅に泊まり、急に産気づき、生駒之助は薬を求めて里へ走ります。岩手は、妊婦の生き肝を取るのはこのときとばかりと、恋衣を殺してしまいます。恋衣の「………母を捜し歩いている」の言葉に、「まさか?」と荷物を調べますと、自分が娘に与えたお守袋が出てきます。愛する娘を殺してしまって錯乱した岩手は、そのまま気が狂い、鬼になってしまいます。この後、旅人を殺し、生き血を吸い、肉を食らい……………
(前場)
熊野の山伏祐慶一行が奥州安達が原に着き、火の光をたよりに一軒の庵を見つけ、宿を乞いますと、主の女は了解し招き入れます。山伏が見馴れぬ枠裃輪(わくかせわ)に興味をもつと、女は糸を繰って見せます。夜も更け、寒くなってきたので、女は薪を採りに出てゆきます。その際に、帰るまで閨(ねや)の内を見るなと言い置きます。
(後場)
能力は、閨の内を見るなと言われ、かえって見たくなり、祐慶に許可を求めますが許されません。山伏達が寝入った際に、閨を覗くと、人の死骸が山になっています。報告を受けた山伏達は、ここが安達が原の黒塚と気づき、一行は驚いて逃げ出します。先程の女が、なぜ見たのかと鬼女となって、鉄の杖を振り上げ追いかけてきます。必死に祈る祐慶達。鬼女はついに祈り伏せられ、恨みの声を残して消えうせます。
(おわりに)
隣県・宮城県角田市の東光院(今は廃寺ですが由緒ある寺)の安達家に角のある鬼の頭骨が伝わっているそうです。それは安達家11代東光坊祐慶が鬼婆を退治したということで、祐慶は熊野の山伏ではなく、安達家の祖先ということになります。民間伝承というのは、奥も深く面白く、捨てがたいものです。

雨海博洋・岡山美樹全訳注「大和物語」講談社学術文庫刊 及び
山口直樹著「日本怪奇幻想紀行」同朋舎発行を参考にしています
(文:久田要)