前シテ:山伏 後シテ:天狗 ツレ(後):帝釈天 ワキ:比叡山の僧正 アイ:木葉天狗(数人)
作者:金春禅竹(一説) 出典:「十訓集」第一の七 比叡山の天狗
あらすじ
(十訓集では)
後冷泉院(天皇在位1045~1067)の時代のことです、比叡山西塔の僧が京からの帰り道、東北院の北大路で、5~6人の子供が古鳶(とび)を縛り上げて、打ちすえています。僧は、扇と交換に鳶を貰い受けて放してやります。しばらく行くと、藪から法師が現れ、先程助けてもらった古鳶だと云います。自分には神通力があるので、お礼に何なりと叶えるので、願い事はありませんか、と聞きます。そこで僧は、望みという望みもないが、釈迦如来が霊山で説く様が見てみたいと答えます。法師は、簡単なことですと松の木に登り、僧に、目を閉じて仏の説法が聞こえたら目をあけてごらんなさいと説明し、ただし、これを貴いことだと思ったり、信心深いことだと思ってはいけませんと注意します。僧が目を開けると、地は紺瑠璃、木は七重宝樹となり、獅子の座に釈迦如来、左右に普賢・文殊が座します。菩薩・聖衆雲霞の如く、帝釈・四王・龍神八部・迦葉・阿難等大比丘衆一面に座しています。十六大国王が恭敬し、空からは4種の花がたなびき、香ばしい香りに包まれます。天人が空に連なって、絶妙の音楽を奏で、如来は宝花に座して甚深の法門を説きます。僧は、よくもこれだけの瑞相をまねるものだと感心していますが、そのうち信心が起こり、随喜の涙を流し、約束を破り、経文を唱えてしまいます。すると山がザワつき、大会はかき消えてしまいます。法師は、護法の天童から、信者をみだりにたぶらかすなと怒られ、さいなまれたと伝え、逃げ去っていきました。
(前場)
比叡山の僧が庵室にいます、そこに山伏が訪れ案内を乞います。山伏は、以前都の東北院の辺りで、命を助けたもらったお礼に参ったので、何事でもよい、お望みのことは刹那に叶えますと申します。比叡山の僧は、この世の望みは何も無いが、釈尊の霊鷲山での説法の有様を見たいものだと答えます。山伏は、それは簡単なことだけれど、本気になって信心を起こしてはだめだと注意し、約束します。そして、あそこの杉の木立に行って、目を塞いで待って、仏の声が聞こえたら、目を開けて良くご覧ぜよと言い、梢に上り消えてしまいます。
木葉天狗が、大天狗の大会の真似での配役の談合をしています。
(後場)
虚空に音楽が響き渡り、仏の御声が聞こえます。僧は両眼を開き見れば、山は霊山となって、大地は金瑠璃、木は七重宝樹となり、釈迦如来が獅子の座に現れ、普賢・文殊他、霊鷲山での大会(大法会)の様が出現します。僧は山伏との約束も忘れ、信心を起し、随喜の涙を浮かべて、一心に合掌し礼拝します。すると、俄かに山が振動して帝釈天が天より下って、山伏の天狗の術を打ち破り、大会の様子は散りじりになって消えてしまいます。さらに天狗は「信者をたぶらかす不届者」と責められ、空に飛んで逃げようとしますが、羽根を捩(もじ)られ、仕方なく岩根を伝って逃げていきました。
永積安明校訂 岩波文庫「十訓集」岩波書店刊を参考にしています
(文:久田要)